哲学なんて知らないはやくん

哲学なんて知らない学生が、哲学の話をします。

哲学

カント「哲学者にとっての身体の医学について」解題

哲学者にとっての身体の医学について (原題: De Medicina Corporis, quae Philosophorum est) ここで扱うテキスト『哲学者にとっての身体の医学について』は、カントが1786年10月1日にケーニヒスベルク大学学長としての公開演説として行ったものです。テキ…

カント倫理学は義務論だったのか

最近、「功利主義」「義務論」「徳倫理学」という規範倫理学の立場を使って、古典的立場を戦わせるような構造や、道徳的な問題を解決する思考実験によって「君は何主義かな」みたいなやり方に疑問を抱いています。そこで、現在定番となった競合する立場に古…

Allison (2020) "Kant's Conception of Freedom: A Developmental and Critical Analysis" 書評

アリソンの最新著作の見取り図を提供することを目的にちろっと書いてみました。カント研究をしている、あるいはしていこうと思っている人たちの一助にでもなれれば幸いです。タイトルには「書評」なんてかっこつけて書きましたが、評するなんてたいそうなこ…

義務論はカント独自のものか? ——17-18世紀のドイツ思想のコンテクストとしての義務論

カントといえば義務論、義務論といえばカント。これがいまだに倫理学の教科書の鉄板である。しかし、カントの義務倫理学は、カントがゼロから編み出した独自の思想ではない。倫理学における義務づけの思想は、18世紀ドイツにおける自然法論、とりわけグロテ…

カント倫理学研究の紹介:Denis "Kant’s conception of virtue "

デニスのこの論文はCambridge Companion to Kant and Modern Philosophy (2006) に所収されているもので、カントの徳概念について学ぶ者にとっては必読文献の一つといっても過言ではないと思っています。基本的なところが非常に明瞭に説明され、無視されがち…

カント倫理学研究の紹介:ラウデン「カントの徳倫理学」

Louden (1986) Kant’s Virtue Ethics 今回紹介するラウデンの論文は、カント倫理学が徳をどのように問題にしていたのかを、義務論倫理学の体系を守りながらも積極的に論じているバランスのよい論文である。最近翻訳が出版されたオニールの『理性の構成』に所…

カント倫理学研究の紹介:Herman「道徳的判断の実践」

Barbara Herman, The Practice of Moral Judgment. Cambridge, Haward University Press, 1996, pp. 73-93より。 ハーマンのこの論文は、格率の普遍化テストを意味あるものにするためには、状況に対する感受性が行為者に内面化されていなければならないと主…

カント倫理学研究の紹介:Timmermann「カントのMitleidenschaftについて」

ここでは、Timmermann (2016) の „Kant Über Mitleidenschaft“を紹介する。これはKant-Studien,107 (4), pp.729-732に収められた短い論考である。Mitleidenschaftというドイツ語は、翻訳者たちは見過ごしてきた馴染みがない表現 (ungewöhnliche Ausdruck) で…

カント倫理学研究の紹介「原理に基づいて行為すること:ビットナーのカント行為論解釈」

英語圏やドイツ語圏のカント倫理学研究を独断と偏見で選定し紹介する試みを始めます。ほんの少しでもカント倫理学に関心のある方の参考になれば幸いです。 これは、Bittner (2001) "Doing Things for Reasons"の第三章「原理に基づいて行為すること」(Acting…

カント『道徳の形而上学の基礎づけ』読解⑨

『基礎づけ』第三章の議論の構造 (Ⅳ 446-463) まずは、参照されることも多いSchöneckerの解釈を軸にまとめる。 Schönecker, Dieter (1999) Kant: Grundlegung Ⅲ: Die Deduktion des kategorischen Imperativs, Freiburg/München: Verlag Karl Alber. ★『基礎…

カント『道徳の形而上学の基礎づけ』読解⑧

第二章 ⑤ [Ⅳ, 440-445] 道徳の最高原理としての意志の自律 道徳の最高原理の探究は、序言で言われたように本書の課題であったが、それが「意志の自律」であることがここで明らかになる。 ☞このことは、「道徳性の概念のたんなる分析によって十分に証明され…

カント『道徳の形而上学の基礎づけ』読解⑦

第二章 ④ [Ⅳ, 430-440] 〇意志の第三の実践原理:自律へ 目的自体の原理は純粋理性から発現する。 ☞あらゆる理性的存在者にかかわる:普遍性+主観的目的を制限する:客観的目的 *実践的立法の根拠は客観的には法則としての規則の普遍性にあり、主観的に…

カント『道徳の形而上学の基礎づけ』読解⑥

第二章 ③ [Ⅳ, 420-430] 〇定言命法の内容 格率が法則に合致しなければならない、という必然性のみ ⇩ 「格率が普遍的法則となることを、格率を通じて君が同時に意欲することができるような格率にのみ従って行為せよ」(Ⅳ, 421) *この定式化によって、義務の…

カント『道徳の形而上学の基礎づけ』読解⑤

第二章 ② [Ⅳ, 412-420] 〇意志=実践理性 理性的存在者だけが法則の表象に従って行為する能力[=意志]をもつ。 ☞法則から行為を導き出すには理性[=原理の能力]が必要 ⇩ 意志=実践理性 理性が意志を必然的に規定する場合[→人間は含まれない] ・行為は主観…

カント『道徳の形而上学の基礎づけ』読解④

第二章 ①[Ⅳ, 406-412] 二章のタイトル:通俗的道徳哲学から人倫の形而上学への移り行き *今回扱う箇所は一章を振り返って二章の議論へ移行するための準備みたいなもの 〇義務に基づいた行為への正当な疑問 一言で言ってしまえば、本当にそんな行為あるん…

カント『道徳の形而上学の基礎づけ』読解③

第一章後半[Ⅳ, 397-405] 〇生命を維持する義務 人間は生命維持への直接的な傾向性をもっている。 ☞たんに生命維持をすることは義務とはいえない(=道徳的な内容を持っているとは限らない)。 ・では、どのような場合に道徳的な内容を持つのか (厳密に言…

カント『道徳の形而上学の基礎づけ』読解➁

第一章前半 [Ⅳ 393-397] 第一章の道筋 ☞常識で理解できる道徳性としての善意志の概念から分析的に義務の概念に至り、義務に基づいた行為のみに道徳的価値が認められるとする。 〇善意志 「世界のうちに、いやそれどころか世界の外であっても、無制限に善い…

カント『道徳の形而上学の基礎づけ』読解➀

『道徳形而上学の基礎づけ』(以下『基礎づけ』) の底本としてはアカデミー版カント全集を用い、引用については巻数をローマ数字、頁数をアラビア数字で示す。翻訳は基本自分のものであるが、参考にした訳としては以文社の宇都宮訳、岩波版カント全集の平田訳…

無思考が招く悲劇、思考が招く混乱

「吟味のない生活は、人間の生きる生活ではない」([1]) はたして、自分で考えるとは何であろうか。私たちはしばしば日常的に「自分で考えろ」と言ってのけるが、それは誰の目にも明らかな事柄だろうか。いや、そもそも思考は目に現われないではないか。計算…

誕生日を祝うことの存在論的意味

[Initium] ergo ut esset, creatus est homo, ante quem nemo fuit. 始まりが存在せんがために人間は創られたのであり、それ以前には誰も存在しなかった。 人間は幸か不幸か、この世界に誕生する存在です。私も含め、これを読んでくれているみなさんも、数年…

アニメde哲学!想いを繋ぐということ―鬼滅の刃―

「私は永遠が何か…知っている。永遠というのは人の想いだ。人の想いこそが永遠であり、不滅なんだよ。」 みなさんお待ちかね(?) アニメde哲学!シリーズ第3段です。「鬼滅の刃」連投です。 今回も前回と同様、鬼滅の刃のお館様こと産屋敷耀哉のセリフから、…

アニメde哲学!:永遠を求めて—鬼滅の刃—

アニメde哲学!シリーズ第二弾です。今回はいま最も熱い「鬼滅の刃」からです。今回扱うのはアニメでは描かれていないシーンですが、細かいことは気にしないでください。アニメ化されたマンガはセーフというルールでいきます。少し長くなりそうなので、みな…

アニメde哲学!:我愛羅と悪の思想

アニメde哲学!シリーズ記念すべき第一回です。勝手にシリーズ化しました。第一回は私が大好きなNARUTOからです。ぜひ、最後までご覧ください。 まずは今回注目する我愛羅という人物のセリフから 「己にとって大切な者が必ずしも“善”であるとは限らない、た…

シラーの倫理学:カントとの対決

最近、シラーの『優美と尊厳について』を簡単な訳注つきで全訳しようと試みています。そんなことをしているうちに、ちょっとシラーの倫理学を若干真面目に紹介したくなりました。引用とかしっかりページ数を示していないのは、今回の紹介の内容上のいい加減…

思いやりのある人を評価できないカント?

今回は、先日行われた哲つくばの発表原稿になります。読みやすいように若干改訂しましたが、ほとんどこのまま喋りました。ご参照ください。 義務論として広く知られるカント倫理学の基礎、批判、展望をざっと見ていくことになります。カントは道徳的価値は義…

思考の始まり:アーレントとハイデガー

アーレントは『精神の生活』第一部思考において、思考の始まりについての議論を展開している。それは『精神の生活』第三章が「我々が思考をするのは何によってであるか」と題名づけられていることからも、アーレントにとって中心的問題の一つであったことは…

哲学、化粧、精神的美

最近の私は、化粧行為には想像以上に哲学的意義があるのではないかと考えています。もちろん真面目に誰々の思想がこうだからこうとか、こういう分野ではこうだからこうだとか、そういう研究的な見通しはないのですが、なんとなく直観しています。調べてみる…

時間を感じるということ

なぜなら時間とは、生きるということ、そのものだからです。そして人のいのちは心を住みかとしているからです。(ミヒャエル・エンデ『モモ』より) 時計の時間、私の時間 私たちはつねに時間の流れを感じて生きています。それはどのようにして感じているで…

語る物と語る者——記憶と向き合い、その声を「聴く」

私は昨年の秋頃、広島の平和記念資料館を訪れ、原爆ドームや慰霊碑はもちろん、資料館にある数多の展示資料をじっくりと観てきました。そこで感じたことを言葉にするかどうか迷 いましたが、少しだけやってみることにします。ところでなぜ迷ったかといいます…

カントの啓蒙論 : 時代性と現代性

カントの啓蒙論は啓蒙の時代と呼ばれる18世紀のドイツで生まれた思想でありながら、「自分の頭で考える勇気をもたない未成年状態からの脱却」という議論には、今日性を感じます。当時が抱えていた時代性 (特に顕著なのは宗教・信仰に関わる事柄) と現代に生…